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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)3227号 判決 1987年5月29日

原告

堀田陽子

被告

中村富美

主文

一  被告らは、原告に対し、各自一一一万円及び内金一〇一万円に対する昭和五五年五月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自七三一万九四〇九円及び内金六七一万九四〇九円に対する昭和五四年一〇月五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下本件事故という。)の発生

原告(昭和四九年一〇月一八日生)は、昭和五四年一〇月四日午後四時ころ、大阪府柏原市法善寺二丁目一四番一一号先路上(以下本件現場という。)において、被告中村富美(以下被告富美という。)運転の普通乗用自動車(泉五七こ一二六四、以下加害車という。)に接触され、転倒して同車の底部にまき込まれ、顔面挫創、下肢熱傷等の傷害を負つた。

2  治療経過等

原告は、本件事故発生直後、松山外科に搬送され、その後、昭和五四年一〇月六日に、私立柏原病院に転院し、同病院に、同年一一月三〇日まで入院し、その後、昭和五五年五月三〇日まで通院加療したが、そのころ、顔面、両下肢、下腹部に、後遺障害として、それぞれ瘢痕を残して症状が固定した。

3  責任原因

(一) 被告富美には前方不注視の過失がある。すなわち、本件事故発生当時の道路状況、原告と加害車の接触位置、原告の負傷の内容が火傷、挫傷等が中心であつて、打撲症等が見られないこと、原告の父堀田激は本件事故発生当日の警察からの事故説明の際、加害車は、原告との接触位置から約一〇メートル進行した地点で停止したとの説明を受けたこと、被告富美本人は、当日、助手席に姉の子供を乗せていた旨自認していること等の事情を総合すれば、本件事故は、原告が道路中央に出てきているのに、助手席にいる子供に目を奪われた被告富美が前方を注視することなく、漫然と進行したため、発生したものとみるのが相当であり、被告富美の過失は否定すべくもない。

(二) 被告中村秀治(以下被告秀治という。)は、加害車の保有者である。

4  損害

(一) 治療費 八七万二六八七円

(二) 入通院付添費 一八万二〇〇〇円

入院一日三〇〇〇円宛五八日分及び通院一日二〇〇〇円宛四日分

(三) 入院雑費 五万八〇〇〇円

入院一日一〇〇〇円宛五八日分

(四) 入通院慰謝料 七〇万円

(五) 逸失利益 四〇九万六七二二円

原告の前記後遺障害は、自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険という。)の後遺障害等級一一級に認定されたところ、原告は女性であつて、右後遺障害は、将来の就職等に多大の影響があり、これによる労働能力の喪失割合は二〇パーセント、期間は生涯続くものである。

9万4700(円)<昭和54年当時の女子18歳の平均月額賃金>×12(月)×0.2<労働能力喪失率>×18.025<5歳児の就労可能年数に対応する新ホフマン係数>=409万6722(円)

(六) 後遺障害慰謝料 五〇〇万円

(七) 弁護士費用 六〇万円

(八) 損害のてん補 △四一九万円

原告は、自賠責保険より四一九万円の支払を受けた。

よつて、原告は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保償法(以下自賠法という。)三条に基づき、本件事故による損害賠償として、被告らに対し、各自七三一万九四〇九円及び弁護士費用を除いた内金六七一万九四〇九円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五四年一〇月五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、事故態様は争い、その余の事実は、認める。

2  同2のうち、原告が入通院治療を受けたことは認め、その詳細は不知。

3(一)  同3の(一)の事実は否認し、同(二)の事実は認める。

(二)  本件事故の発生状況は、以下のとおりであつて、被告富美は無過失である。すなわち、

本件事故は、被告富美が加害車を時速約二〇キロメートルで運転直進中、進行方向の右側に駐車していた車の間から原告が路上に飛び出して来たので、急ブレーキをかけ直ちに停車したが、加害車の前方でコツンと押し倒す感じで原告を倒し、原告の下半身が加害車の下に入り、上向きで足から同車の下に入つた状態の原告が車両前部下のマフラーで両股の内側に火傷を負つたものである。原告は、当時四歳であつたが、一人で友達の家である本件事故現場付近の薬局へ行き、友達が道路を隔てた反対側のスーパーのエスカレーターで遊んでいると友達の親から聞き、そこへ行こうとして、道路左右の安全を確認することなく路上に飛び出したものである。したがつて、本件事故は、原告の親権者が監護者として適切な監護措置をとらないで幼ない原告を一人で放置していたことによつて発生したものである。被告富美は、交通法規にしたがい安全運転を行ない、本件事故現場付近を時速約二〇キロメートルで徐行していたところ、原告の飛び出しがあまりにも急であつたため接触して倒し、原告の下半身が車両の下に入つてしまつたものである。一般に、徐行とは、車がすぐ停止できるような速度で進むことといわれているが、「すぐ」といつても一センチも進まずに文字通り直ちに停止する程度では交通の流れの妨げとなり、運転者に求められた注意義務の限度をこえるというべきである。本件現場は徐行の標識がなく、左右の見通しがきかない交差点でもなく、道路のまがり角付近でも坂道でもない直線道路上である。道路が狭く駐車場所の限られた我国において、自動車運転者に、停車している車両などの側を通るときに、常に「すぐに停車する速度」で走行する注意義務を課することは、横断者の無分別ないしは軽率な態度を常に考慮しなければならないという絶対的な不信頼の原則を認めるものであり極めて不合理である。特別な事情がない限り運転者は歩行者も交通規則を守つて道路を横断するものと信頼してよく運転者の注意義務違反もその信頼を前提として判断されるべきものである。以上を要するに、本件は専ら被害者(原告)側の一方的過失により発生したものであり被告らには責任はない。

4  同4のうち、(一)ないし(七)の各事実は不知、同(八)の事実は認める。なお、原告の主たる後遺障害は、両下肢瘢痕であるが、かかる後遺障害によつては、原告の将来の労働能力の喪失はなく、逸失利益は発生しない。

三  抗弁

1  消滅時効

(一) 本件事故による傷害に基づく損害賠償請求権は、本件事故発生日である昭和五四年一〇月四日から三年を経過した昭和五七年一〇月四日に、時効により消滅した。

(二) 本件事故による後遺障害に基づく損害賠償請求権は、症状固定日である昭和五五年五月三〇日から三年を経過した昭和五八年五月三〇日に、時効により消滅した。

(三) 被告らは本訴において右各時効を援用する。

2  過失相殺

前記事故態様によれば、本件事故は、原告の両親が監護義務を尽くさず放置していたところ、駐車中の車両の間から原告が飛び出してきたため発生したものであるから、被害者側に過失がある。

3  損害のてん補

原告は、自賠責保険から、本件事故による損害賠償請求権のうち、傷害に係る分として一二〇万円、後遺障害に係る分として二九九万円の合計四一九万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件事故の発生年月日及び症状固定の年月日、及び同(三)の事実は認める。なお、交通事故による損害賠償請求権は、一個の請求権であつて、損害項目ごとに請求権が発生するものではないから、傷害に基づくものと後遺障害に基づくものとを区別し、それぞれにつき別個の消滅時効にかかることを前提とする被告らの主張は、その点で、すでに失当である。

2  抗弁2の事実は否認する。

3  抗弁3の事実は認める。

五  再抗弁

原告は、昭和五八年五月二八日、羽曳野簡易裁判所に対し、被告らを相手方として本件事故による損害賠償請求に関する調停の申立をなし、右事件は、同裁判所昭和五八年(交)第二号事件として係属した。その後、右事件は、同年七月二九日に一旦不成立となつたが、原告は、同年八月一〇日、右調停事件に関与すべからざる者が関与したとして、右同裁判所に対し、再度、被告らを相手方として同様の調停の申立をなし、右事件は、受理されて、同裁判所昭和五八年(交)第五号事件として係属した。そして、右事件は、昭和六一年四月一日不成立に終わつたので、同月一四日本件訴訟を提起したのである。しかるところ、民事調停法一九条によれば、本件訴訟は、右第五号事件との関係でいえば、右事件不成立の日から二週間以内に提起したものであるから、右事件申立の日である昭和五八年八月一〇日に訴提起があつたことになり、さらにこれを右第二号事件との関係でみれば、右事件不成立の日から二週間以内に訴えを提起したことになるから、結局、本件訴訟は、右法条の効果によつて、右第二号事件の申立の時である昭和五八年五月二八日に訴え提起があつたものとみなされることになる。したがつて、本件については、訴え提起により、消滅時効は中断している。

六  再抗弁に対する認否

羽曳野簡易裁判所に対し、二回調停が申し立てられ、いずれも不成立となつたこと及びその年月日は認める(但し、二回目の調停が不成立となつたのは昭和六一年三月三一日である。)が、その余は争う。すなわち、民事調停法一九条は、二週間以内に調停の目的となつた請求について訴えを提起したときは、調停申立の時に、その訴えの提起があつたとみなすと規定しているのみで、二週間以内に「調停」の申し立てを繰り返しても右の効果は生じない。したがつて、本件事故に基づく損害賠償請求権は、傷害に係る分については昭和五七年一〇月四日に、後遺障害に係る分については羽曳簡易裁判所昭和五八年(交)第二号調停事件が不成立となつた昭和五八年七月二九日より二週間を経過した同年八月一二日いずれも時効により消滅している。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおり。

理由

一  本件事故の発生及び責任原因等について

1  請求原因1のうち、事故態様を除くその余の事実は当時者間に争いがない。

2  原告法定代理人堀田激本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる甲第八号証、被写体が本件現場付近であることに争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六一年一二月七日ころ撮影されたと認められる検甲第二ないし第八号証、被写体が本件現場付近であることに争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六一年一一月三〇日ころ撮影されたと認められる検乙第一ないし第一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証、前記堀田激本人尋問の結果(第二回)<後記措信しない部分を除く。>、被告富美本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故発生状況に関し次のとおり認めることができ、この認定に反する前記堀田激本人尋問の結果(第二回)の一部は措信せず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件現場は、その南北両側に、住宅及び商店等が所在する住宅・商店街を東西に走る幅員約六・三メートルの道路(以下本件道路という。)上であつて、右道路は、制限速度が時速三〇キロメートルに規制されている。

(二)  被告富美は、加害車を運転して、本件道路を西から東へ時速約二〇キロメートルで進行していたところ、本件事故発生時刻は午後四時ころであつて、進路左側、すなわち、北側にあるスーパーマーケツトの前には自転車が多数駐車され、また、本件現場付近は、右スーパーマーケツト等の買物客で混雑し、さらに、右スーパーマーケツトの道路を隔てた南側にある薬局の前に自動車が二台駐車していたため、本件道路のうち、車が進行しうる幅員は約二メートルの余地しかなかつた。

(三)  原告は、右薬局から、本件道路を北へ横断しようとしたところ、加害車前部と衝突し、加害車の下へ仰向けになつて足から入り、同車の前部マフラー部分に両下肢が接触するなどし、顔面挫創、両下肢熱傷の傷害を負つた。

(四)  原告は、本件事故発生時四歳であり、一人で友達の家である前記薬局へ行き、同所で、その友達が行つていると聞いた向いの前記スーパーマーケツトへ行こうとして本件事故に遇つた。

(五)  加害車が停止したとき、原告の上半身の一部は加害車より前に出ていたので、加害車を移動させるまでもなく直ちに付近の人に抱きかかえられ加害車下部から助け出された。

3  原告は、加害車が、原告と衝突して原告が転倒した後、約一〇メートル進行して停止したかの如く主張するけれども、前記2(五)で認定した事実、原告が転倒した後、加害車の下へ入り約一〇メートル進行したとすれば全身に多数の擦過傷を負うはずであるのに、 原告はそのような傷を負つていないこと及び被告富美はその本人尋問において、原告を発見して急ブレーキをかけすぐ停車した旨を述べていることに照らせば、加害車は原告と衝突後すぐ停止したと認めるのが相当であり、原告の前記主張は採用しない。

4  ところで、本件現場のような住宅・商店街を人通りの多い時間帯に自動車を運転して通行する場合、自動車運転者としては、人が物陰等から不意に出てくることなども十分予想し、そのような場合には、それとの接触、衝突等を回避できるような速度で前方を注視して運転すべき注意義務があるというべく、単に制限速度を遵守していればよいというものではない。しかるところ、本件現場付近の状況は、前記2(一)(二)で認定したとおりであるから、そのような状況下では人が自車進路前方に出てくることは十分予想しうるところであり、また、本件の場合、加害車が進行しうる道路幅員は約二メートルと狭かつたのであるから、右状況に即して安全運転をするには、徐行し、かつ、前方をよく注視すべきであつたというべきである。そして、被告富美において、前認定した道路状況に即した右注意義務を尽していれば、本件事故の発生は回避することができたと認められ、そのような注意義務を尽していても、原告との衝突をさけることが不可能なほど原告が急に飛び出してきたものとは本件証拠上認められない。したがつて、前記事実摘示二3(二)の被告らの主張は採用の限りでない。

5  右のとおり、被告富美には、徐行義務違反及び前方不注視の過失がある。また、請求原因3(二)の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告らの後記抗弁が認められなければ、被告富美は民法七〇九条に基づき、被告秀治は自賠法三条に基づき、それぞれ、本件事故により生じた原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

二  消滅時効について

判断の便宜上、抗弁1及び再抗弁について検討する。

1  本件事故が昭和五四年一〇月四日に発生したこと、原告の症状が昭和五五年五月三〇日に固定したこと及び抗弁1(三)の事実並びに羽曳野簡易裁判所に対し、二回調停が申し立てられ、いずれも不成立となつたことは当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲第四、第五号証の各一、二、第七号証、前記堀田激本人尋問の結果(第一回)及び被告富美本人尋問の結果並びに本件訴訟記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五八年五月二八日、羽曳野簡易裁判所に対し、被告らを相手方として、本件事故による損害賠償請求に関する調停の申立をなし、右事件は、同裁判所昭和五八年(交)第二号事件(以下第一回調停事件という。)として係属し、同年七月二九日不成立となつた。

(二)  その後、原告は、第一回調停事件に関与すべきでない人物が関与したとして、同年八月一〇日、再度、被告ら外一名を相手方として同様の調停の申立をなし、右事件は、右同裁判所昭和五八年(交)第五号事件(以下第二回調停事件という。)として係属し、昭和六一年四月一日不成立となつた。

(三)  原告は、昭和六一年四月一四日、当裁判所に対し、被告らを相手方として、本件事故による損害賠償請求の訴え、すなわち、本件訴訟を提起した。

3  ところで、交通事故に基づく損害賠償請求権は、「被害者又ハ其法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」より三年で時効消滅するとされている(民法七二四条)ところ、いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし三、前記堀田激本人尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告の法定代理人堀田激は、本件事故発生の直後ころ、本件事故によつて原告の受けた傷害の内容及び加害車を運転していたのが被告富美であり、その保有者が被告秀治であることを知つたことが認められ、また、原告の症状が固定した昭和五五年五月三〇日に、原告の後遺障害による損害を知つたことが認められる。右によれば、本件事故による損害賠償請求権のうち、後遺障害に係るもの以外の損害賠償請求権は、本件事故発生の日である昭和五四年一〇月四日の直後ころから、その消滅時効の進行を開始し、後遺障害に係る損害賠償請求権は、症状固定の日である昭和五五年五月三〇日から、その消滅時効の進行を開始したものというべきである。

4  そうすると、原告の被告らに対する本件事故による損害賠償請求権のうち後遺障害に係るもの以外のものについては、昭和五四年一〇月四日の直後ころから三年を経過した昭和五七年一〇月四日の直後ころに、その消滅時効が完成したものといわなければならない。よつて、抗弁1(一)は理由があり、抗弁に対する認否1記載の原告の主張及びこれに関する再抗弁は失当である。

5  また、原告の被告らに対する本件事故による損害賠償請求権のうち後遺障害に係るものについては、昭和五五年五月三〇日から三年を経過した昭和五八年五月三〇日に消滅時効が完成することとなるが、これに関し、前記2で認定した事実が認められるところ、原告は再抗弁に記載したとおり主張し、被告らは再抗弁に対する認否に記載したとおり主張する。

ところで、調停が不成立となつた場合でも、催告としての効力は生じているというべきところ、民法一五三条によれば、催告は六か月内に訴訟提起をすれば時効中断の効力を生ずるとされ、また、民事調停法一九条によれば、調停が不成立となつて事件が終了した場合、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴えを提起したときは、調停の申立の時に、その訴えの提起があつたものとみなすとされている。そうすると、前記2(二)(三)で認定した事実によれば、本件訴訟は、前記第二回調停事件が不成立となつて右事件が終了し、原告が、その旨の通知を受けた日から二週間以内に提起されたものと認められるので、民事調停法一九条により第二回調停事件の申立日である昭和五八年八月一〇日に提起したものとみなされ、したがつて、また、前記2(一)で認定した事実によれば、原告が、第一回調停事件を申し立てた日である昭和五八年五月二八日から六か月内に本件訴訟が提起されたこととなり、結局、本件事故による損害賠償請求権のうち後遺障害に係るものについては、民法一五三条により、昭和五八年五月二八日、時効中断の効力が生じたこととなる。したがつて、再抗弁は右の限度で理由がある。

三  損害について

右二でみたとおり、本件事故による損害賠償請求権のうち後遺障害に係るもの以外の損害賠償請求権は時効により消滅しているので、その余の点につき判断するまでもなく失当であるに帰するので、以下においては、後遺障害に係る損害について検討する。

1  前記甲第三号証の一ないし三、前記堀田激本人尋問の結果(第二回)及びこれにより昭和六一年六月二八日撮影の原告本人の写真であると認められる検甲第一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故による原告の後遺障害として、顔面瘢痕(五・三センチメートル×四センチメートル)、右大腿瘢痕(九・五センチメートル×四・五センチメートル)、左大腿瘢痕(一三センチメートル×五・五センチメートル、一二センチメートル×五センチメートル)、右下腿瘢痕(六センチメートル×二センチメートル)、左下腿瘢痕(一三センチメートル×七センチメートル)、下腹部瘢痕(五センチメートル×四センチメートル)が残存していること、右後遺障害は自賠法施行令二条別表の後遺障害等級としては併合一一級と認定されたこと、将来、数回のケロイド除去手術をすればすぐ完治はしないが瘢痕の範囲は縮小すること、以上の事実が認められる。

2  ところで、原告は、昭和四九年一〇月一八日生まれの女子であるから、原告が就労可能年齢である一八歳に達するのは昭和六七年のことであり、現在において、原告の右後遺障害によつて将来逸失利益が生じうるか否かを判断するのは極めて困難である。すなわち、右の如き醜状痕を内容とする後遺障害は、それ自体として本来身体的な機能障害をもたらすものではなく、したがつて、物理的に労働能力の喪失をもたらすものではないので、これによる逸失利益については、被害者の性別、年令、醜状痕の部位・程度、職業の有無、有職の場合はその職歴・職種等具体的事情を総合検討し、醜状痕のない場合に比して将来の収入の減少が蓋然性として見込まれる場合にこれを肯定すべきであるというべきであるが、本件の場合、前記醜状痕のない場合に比して原告の将来の収入の減少が蓋然性として見込まれる場合にあたると認定判断することは未だできない。したがつて、前記後遺障害に基づく原告の逸失利益は認められない。

3  前認定した後遺障害の部位・程度、原告は女性であること、将来手術によつてその範囲の縮小は可能であるが完治しないこと、右のとおり逸失利益は認められないことなどでその他本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すれば、前記後遺障害に基づく原告の精神的苦痛に対する慰謝料は五〇〇万円とするのが相当である。

四  過失相殺及び損害のてん補等について

前認定した本件事故の発生状況によれば、原告は本件道路を南から北に横断するに際し左右の安全を確かめなかつたこと及び当時四歳であつた原告を一人で遊びに行かせたために本件事故が発生したことが認められるので、原告の両親に原告に対する監護義務を十分尽くさなかつた過失が認められ、右過失は被害者側の過失として斟酌すべきであるところ、前認定した本件事故発生状況及びこれを前提とした被告富美の過失の内容・程度に照らせば、被告らが負担すべき原告の損害は、前記五〇〇万円につき、その二〇パーセントを過失相殺により減額した金額である四〇〇万円とするのが相当である。しかるところ、原告が自賠責保険から、本件事故による損害賠償請求権のうち後遺障害に係る分として二九九万円の支払を受けたことは当時者間に争いがないから、これを右金額から控除すると、原告が被告らに請求できる残額は一〇一万円となる。右のとおりであるから、抗弁2及び同3は右の限度でそれぞれ理由がある。

なお、本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に鑑みれば、被告らに負担させるべき弁護士費用は一〇万円とするのが相当である。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自一一一万円及びこれから弁護士費用を差し引いた内金一〇一万円に対する本件事故による後遺障害固定の日である昭和五五年五月三〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを右の限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐堅哲生)

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